東京高等裁判所 平成9年(人ナ)10号 決定 1997年12月19日
請求者 菊田幸一 ほか三名
被拘束者 島津新治 ほか五名
拘束者 東京拘置所長 ほか三名
代理人 富田善範 久留島群一 山崎裕之 竹村彰 飯山義雄
主文
一 本件請求をいずれも棄却する。
二 本件手続費用は請求者らの負担とする。
理由
一 本件請求の趣旨及び理由
1 本件請求の趣旨
(一) 被拘束者らのために、いずれも人身保護命令を発し、被拘束者らの死刑執行を停止する。
(予備的申立て)
被拘束者らのため、拘束者らに対し、いずれも人身保護命令を発し、死刑執行の危険のある拘束から死刑執行の危険のない拘束に変更する。
(二次的な予備的申立て)
被拘束者らのため、拘束者らに対し、いずれも人身保護命令を発し、拘束の場所を、現在の各拘置所ないし拘置支所から死刑執行の施設のない拘置所ないし拘置支所に変更する。
(二) 本件申立ての手続費用は拘束者らの負担とする。
2 本件請求の理由
別紙の「申立の理由」に記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、被拘束者らは、別紙の「申立の理由」第一の一記載のとおり、いずれも死刑の確定裁判を受け、刑法一一条二項の規定により拘置されている者であることが認められる。
ところで、法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、人身保護法の定めるところにより、その救済を請求することができる(同法二条)が、右の請求をすることができるのは、拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分が権限なしになされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著な場合に限られる(人身保護規則四条)ところ、前示事実によれば、被拘束者らは、いずれも死刑の確定裁判を受け、その執行として拘束されている者であって、裁判によって行われている拘束は適法なものと推定されるのである(同規則二九条四項)から、右の各確定裁判がその権限なしにされ、又は法令の定める手続に著しく違反していることが顕著であるとは到底いえない。
請求者らは、本件請求において、被拘束者らの釈放ではなく、被拘束者らに対する死刑執行の停止を求めている(予備的申立て及び二次的な予備的申立ては死刑の執行を妨げる状態を求めるものであるから、結局、被拘束者らに対する死刑執行の停止を求めるものであると解される。)が、右請求はいずれも前示の確定裁判によって行われている拘束の停止を求めることに帰し、前示のとおり、人身保護請求の要件を欠き、理由がないことは明らかである。
2 なお付言するに、請求者らは、「我が国の死刑に直面する者に対する権利保障に関する法制度及びその運用実態は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「人権規約」という。)、国連経済社会理事会決議の付属文書「死刑に直面している者の権利の保護の保障に関する決議」(以下「理事会決議」という。)、国連総会決議「死刑に直面している者の権利の保護の履行に関する国連決議」(以下「総会決議」という。)等による国際人権基準に明らかに違反している状態にある」と主張し、具体的には、(一) 被拘束者らのうちの一部の者は、起訴前の捜査段階で弁護士と接見していないこと、(二) 被拘束者らは外部との面会・通信が極端に制限され、家族に対して処刑が通知されない取扱いとなっていること、(三) 死刑判決を受けた者について自動的上訴制度が採用されておらず、被拘束者の中には、高等裁判所の判決に対して上告せずに死刑判決が確定した者が含まれていること、(四)被拘束者のうちの二名は現在六五歳であり、これらの者に対する死刑執行は高齢者に対する死刑執行として許されないこと、(五) 再審請求又は恩赦の申立てに死刑の執行を停止する効力が認められていないこと、以上のような点において、被拘束者らについては、人権規約、理事会決議及び総会決議に違反する違法状態がある((一)については人権規約一四条三項dの規定に、(二)については人権規約七条、一〇条の規定に、(三)ないし(五)については理事会決議及び総会決議に違反する。)から、被拘束者らについては著しく違法にしてその違法性が顕著な拘束があると主張する。
しかしながら、請求者らの右主張を考慮しても、我が国の死刑制度が日本国憲法又は我が国が批准した条約若しくは確立した国際慣習法に抵触するものとはいえず(前記(一)及び(二)の事実をもって人権規約七条、一〇条及び一四条三項dの規定に「著しく違反していることが顕著である」とはいえず、また、理事会決議及び総会決議が直ちに我が国の法令に当たるものでないことも明らかである。)、右制度に基づく被拘束者らに対する拘束が法律上正当な手続によらない違法はものとはいえない。
また、請求者らは、本件請求は、確定裁判の効力を直接争うものではなく、人身保護規則二九条四項の規定による適法性の推定を受けないと主張するけれども、本件請求は、前記のような事由を主張して、結局被拘束者らに対する死刑の確定裁判の効力を争うものと解されるのであるから、右主張は採用の限りではない。
三 以上の次第であって、本件請求は理由のないことが明白であるから、人身保護法一一条一項、人身保護規則四条、二一条一項六号により、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 筧康生 村田長生 後藤博)
別紙<略>